寶生山林松寺の歴史

 当山は、真言宗御室派である。今から約七百年余前の鎌倉時代(伏見天皇の御代)に宥智(こうち)法印により開基されたと言われている。

 安永二年、火難をうけ、伽藍初め古記録・寺宝・法具を全て失った。伽藍は、第十七世光定法印が金毘羅宮を裏山に勧請し、加持祈祷で人気を博し、第十八世高雄法印により檀信徒はもちろん、吹屋銅山主福岡屋(出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)など多くの金毘羅宮信者らの寄進を受け、安政二年までに落成したのが今に至っている。

 本堂は、五間四面の総欅造の赤瓦葺で、本尊聖観自在菩薩坐像(江戸時代末期)は、秘仏にて、三十三年に一度ご開帳をすることになっている。また、近時、金毘羅宮拝殿を再築した。